橿原神宮裏参道の殉国の碑
橿原神宮へお参りついでに、境内の風景写真を幾つか撮影して参りました。
橿原神宮には表参道と裏参道があります。
橿原神宮前駅を降りて真っすぐ進めば、表参道につながる鳥居が見えて参ります。
一方の裏参道は、国道24号線から神宮の杜へ入り、しばらく進むと右側にあります。
橿原神宮裏参道に通じる鳥居。
飛鳥、長谷寺、山の辺の道が最寄りの和風料理旅館。 大和国一之宮大神神社御用達。ご宿泊、ご宴会の他にも、結納、法事、結婚披露宴等のお食事予約も承っております。
〒633-0001
奈良県桜井市三輪459
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橿原神宮へお参りついでに、境内の風景写真を幾つか撮影して参りました。
橿原神宮には表参道と裏参道があります。
橿原神宮前駅を降りて真っすぐ進めば、表参道につながる鳥居が見えて参ります。
一方の裏参道は、国道24号線から神宮の杜へ入り、しばらく進むと右側にあります。
橿原神宮裏参道に通じる鳥居。
伊勢街道沿いにある白山神社をご案内致します。
伊勢街道とは、その昔、お伊勢参りで賑わった古道として有名です。
三輪~朝倉~脇本~黒崎~出雲~長谷寺と続き、その先は伊勢神宮にまで通じています。
黒崎に鎮座する白山神社。
山の辺の道には万葉歌碑が散在しています。
古道を歩く楽しみと、万葉集のロマンに浸る喜び・・・巻向の穴師から桧原神社へ続く途上で見つけた歌碑をご案内致します。
ぬばたまの 夜さり来れば 巻向の 川音高しも あらしかも疾(と)き
作者は柿本人麿、筆者は武者小路実篤。
平城宮跡の観光案内です。
世界遺産の平城宮跡は、奈良の都のあった場所として有名です。
今から1,300年前に建設された平城宮には、天皇の住まいや官公庁が一堂に集まっていました。
いにしへの 奈良のみやこの 八重ざくら
けふ九重に にほひぬるかな
平城宮跡には、奈良の都を謳った歌碑も建てられていました。
宴会予約が入っていたので、イトヨリのけんちん蒸しを作ってみました。
イトヨリとは、糸撚鯛(いとよりだい)のことです。
本州中部以南で獲れるイトヨリダイは、関西地方でよく使われる食材です。
柔らかであっさりした白身は、お吸い物に使われるほど上品な味わいを持ちます。今回は蒸し物料理に仕上げてみました。
イトヨリのけんちん蒸し;料理旅館大正楼
先日、まんとくんの記念撮影用立看板が届きました。
まんとくんとは、平城遷都1300年祭をPRする愛らしいキャラクターです。
まんとくんを漢字で表記すれば、万人くんとなります。
「万葉人」の万人、都に満ちる「満都」という意味も併せ持ちます。万人に愛されて大きく育つよう命名されました。
せんとくんの初披露です。
平城遷都1300年祭の公式キャラクターせんとくんの初お目見え!
近鉄奈良駅前の行基像が鎮座する噴水広場に於いて、1300年祭のカウントダウンセレモニーが催され、主役のせんとくんが登場しました。
取材陣のカメラに取り囲まれるせんとくん。
名勝に指定されている奈良公園。
その中で愛嬌たっぷりに観光客と触れ合っている奈良公園の鹿たち。
奈良公園の鹿の毛並み模様を撮影してみました。
とても綺麗です。
猿沢池から興福寺五重塔へ至る五十二段の階段。
五十二段には深い意味が隠されています。
五十二段の右上に興福寺五重塔が見えます。
仏門に入る修行の段階・・・これが五十二段の意味するところです。
棚田嘉十郎とは、平城宮跡の保存運動に尽力した人物の名前です。
朱雀門の手前に棚田嘉十郎の像が建っています。
平城京大極殿跡の方を指さす棚田嘉十郎。
奈良特産品の奈良団扇をご案内致します。
奈良団扇とは、春日大社の神官が軍扇の形にならって作った団扇(うちわ)のことをいいます。
時は奈良時代、当時は内職として作られていたようです。さらに時代は流れ、江戸時代には奈良団扇として大成するに至ります。
奈良町にある砂糖傳の御門米飴をご案内致します。
世界遺産で有名な元興寺で知られる奈良市元興寺町・・・昔の町並みが残る場所に砂糖傳はあります。
陶器の瓶に入った飴が販売されていました。
近鉄大和八木駅周辺をご案内致します。
先日、大和八木駅周辺に所用があり出向きました。何枚かデジカメで写真撮影・・・
八木駅北口にある金鵄の像。
金鵄像の後ろにあるのは立体駐車場です。
金鵄(きんし)とは、古事記・日本書紀の建国説話に登場する金色のトビのことです。
奈良の夏のイベントといえば、なら燈花会が有名です。
なら燈花会が”静”の祭りなら、”動”の祭りもあります。そうです、バサラ祭りですよね。
以前からこのバサラ祭りというネーミングに興味を覚えていました。バサラとは、一体何を意味する言葉なのでしょうか。
バサラ祭りを宣伝する垂れ幕。